裏の私が叫びたい

表で言えない心のグロテスクを叫びまくります。

二号の叫びたい衝動性

新年度こんにちわ、二号です。
うまくいきるために外でいいおかーさんを演じ、その後どっと疲れて叫びたくなるのが日課です。
ふとふつうにいきられている気がしますが、気を抜くといつ親が「いつかのように」鉈もって襲撃してくるかもしれないから気が抜けません。

急に断捨離がしたくなって、まだのこっていた家族写真と自分のへその緒と母子手帳を捨てました。

一方私の子は、自分の赤ちゃんの写真や制作をそれはもう大事にみるのです。
制作を持って帰ってすぐゴミに出していた私にはその純粋な心が疎ましくもすてきに見えます。
(ああ、ひとのゴミをあさって部屋に戻す親はただ疎ましかったわ)

いつか私にもとっておきたい思い出の品ができるのでしょうか。

いや、むりかも。